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文章リライトという仕事について

自分で文章を書く仕事もまあまあ多い一方、文章リライト(書きなおし)の仕事もけっこう受けていて、個人的に好きな作業のひとつです。縁あって、今年も書籍、Web連載、メールマガジンなどのリライトにだいぶ関わった一年でした。

通常、赤入れ的な文章なおしの作業は、

のふたつに分けられます。

校正は、辞書を引くといくつかの意味が載っていますが、ここでは一応、上記のとおり「形式面のチェック」と割り切らせてください。

テクニカルな(技術系の)文章は、校閲まではなかなかむずかしいケースもありつつ、要不要に関わらず、情報元やほかの資料にきちんとあたる(裏取りをする)のが好きです。

さらに、

など、場合によってはかなり踏み込んだ作業が必要で、わたしが関わるものはおおむね、このレベルまで行います。赤入れというよりリライト(書きなおし)、文章レビューやテクニカルレビューというより編集(エディトリアル)に近い作業といえます。

本業とは別に、なぜリライトの仕事を好んで引き受けるのか、また、そもそもリライトがなぜ好きなのか。

Editors' & Writers' Advent Calendar 2013 23日目の担当ということで、簡単にまとめてみます。

文章リライトの目的は「価値の最大化」

リライトという作業は「元の文章よりもよくなる」という前提がなければ成り立ちません。では、どのように「よくなる」のか。わたしは「価値を最大限に引き出す」ことが「よくなる」ことだと考えます。

実際、「最大限に」といっても正解があるわけではないので、厳密には「最大限に引き出そうと取り組んだ結果として」となるでしょう。

そのためには、元の文章に対する、できるかぎりの善意の解釈が不可欠です。

単なるレビューのときには、わたしも斜にかまえた読み方、ややひねった読み方をします。アラ探しによって、書き手が持たない視点を補完したり、こういう解釈もあるということを示す必要がある、との思いからです。

リライトの際には、このようなレビューのときの気持ちを一方に抱きながらも、書き手と一緒に前を向いて進む気持ち、よりよい成果物を一緒につくろうという気持ちを強く持ちます。

元の文章が、そのままでは70%の価値とすれば、願わくは自分の力で30%を補いたい、わたしの専門分野に関するものであれば、自分の知識を足してさらに上のポテンシャルを目指したいと思っています。

リライト後の文章も、書き手が一体感を覚えてくれるように

書き手の人となりを知っているほうが、できれば懇意にしている間柄のほうが、個人的にはよいリライトができます。ふだんの考え方や姿勢をそれなりに理解しているので、「つまり、こういうことだな」という論旨がつかみやすいからです。

面識のない書き手であっても、文章から、また、できるだけ行間から、あれこれ読み取りながらリライトをします。「文は人なり」という格言はおおむね正しく、どうしても書き手の姿が投影されます。

どのような場合でも、書き手がリライト後の文章を読んで、「自分が書いた内容に間違いないけど、こんなにわかりやすい表現だったっけ」「こんなにすっきりと読める文章だったっけ」と感じてもらえたら、専門分野に関するものであれば「(でしゃばりすぎない程度に)内容がパワーアップしているな」と感じてもらえたらうれしいです。

書き手にとっても違和感がなく、むしろ一体感を覚えてくれるようなリライト。

自分の文章のポテンシャルとして、「本当はそこまで到達できたんだ」と思ってもらえるように。あくまで自分の意志や能力の延長線上に、リライトされた文章が、いま目のまえにあると感じてもらえるように。

正直、どれだけ果たせているかは心もとないのですが、いつもそう思ってリライトをしています。

Posted on 2013-12-23T21:13+09:00 | Category: 書き仕事

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