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Web::Blogoscope
2005年9月
A Musical Baton
書こう書こうと思って忘れていた、kazuさんからのMusical Baton。遅まきながら。
今コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量 (Total volume of music files on my computer)
iTunesを起動して下のほうに目をやると「1,564曲、4.1日、6.18GB」とのこと。同期化しているiPod(第2世代、10GBタイプ)もほぼ同じでしょう。
誰でも知っていることかもしれないけど、MP3はビットレートが高いか低いかで本当に音が違います。以前は128kbps/secで圧縮していたんですけど、今は320kbps/secで圧縮するようにしています。
最後に買ったCD (The last CD I bought was)
L'Arc-en-ciel『Link/Promised land 2005(初回生産限定版DVD付)』。先日、近所のうらぶれたCDショップに約2年ぶりに入ってしまい、何か買わないと悪いなと思って、ついつい手にとってレジカウンターに向かってしまいました。そのCDショップは、ライフスタイルが多様化しているこのご時世でも土日はしっかり休むという見上げた腹の据わりよう。
最後に借りたCDは、m-flo『BEAT SPACE NINE』。発売から1ヶ月近く経ってやっと手にしたのは、ファンの風上にも置けないとの謗りを免れえません。しかもレンタルだし。
多くの人がそうなのだろうけど、本当にCDを買わなくなりました。CDを買うぐらいならライブDVDを買いますね。iTunes Music Storeなんてグレート便利な音楽配信サイトができたりと、ますますCD離れは進むんでしょうね。CCCDを廃止したとかどうとか、そんな次元の問題ではないでしょう。
ところで、この前Amazon.co.jpでサザンのライブDVD『Hotaru California』と一緒に、熊田曜子のDVDを買ったのはここだけの話です。
今聴いている曲 (Song playing right now)
浜田省吾「Money」。何だか無性にハマショーが聴きたくなって聴いています。と書いているうちに「悲しみは雪のように」がかかっています。モノマネして唄ってみます。「だーれーもがー」。似てなさすぎて泣きそうです。
よく聴くまたは多くを教えてくれた5曲 (Five songs I listen to a lot or mean a lot to me are)
その時々でチョイスが変わりそうですが、とりあえず頭に思い浮かんだものを。
- Chicago「Hard to Say I'm Sorry」
- Chopin「練習曲 第12番 ハ短調(革命) 作品10の12」
- Christopher Cross「New York City Serenade」
- m-flo「prism」
- サザンオールスターズ「マンピーのG★スポット」
Chopinの曲は"song"ではなく"classical music"ですが、お許しください。
バトンを渡したい5人 (Five people to whom I'm passing the baton)
時期遅れも甚だしいので省略(許されるのかな?)。
余談
納豆嫌いだった人が大人になってから納豆好きになって、それ以降は納豆なしでは生きられなくなってしまうことがあるように、大人になってから好きになったアーティストはかなりの確率でハマってしまうものです。
私にとってはサザンがその最たる例で、3年ぐらい前まではどの曲もフルコーラスで聴いたことがないぐらいに疎遠でしたが、今ではかなりの頻度で聴く(あるいはDVDを観る)ようになってしまいました。
「人間は時代からは自由になれない」とはよく言ったもので、どのアーティストを好きになるかは多感な時期の刷り込みとか同時代性が大きな要因であって、個人の早熟・遅熟とか好みとか環境変数とかはもちろんあるけれど、あるアーティストを熱心に支持している人の世代的なボリュームゾーンというのはある程度決まっていますよね。
それを乗り越えてなお好きになるということは、自分自身が変わったこともあるのかもしれないけど、実は本質的に好きだったのかもしれないと思っています。あるいは、時代・世代を越えて支持されているアーティストというのは、既存のファンを満足させつつ私のような食わず嫌いを矯正する作品を出しつづけていると定義できるのかもしれません。
そして、その具体的なメソッドとは。おぼろげながらわかっているつもりだけど、また別の機会に。
2005-09-27T03:03+09:00 | 身辺雑記 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
都道府県の脱テーブル状況
都道府県の脱テーブル状況を調べてみた(2005年9月22日現在。トップページ対象。順番は都道府県コード[JIS X 0401]に基づく)。
| 都道府県名 | レイアウト | 文書型宣言 | システム 識別子 |
備考 |
|---|---|---|---|---|
| 北海道 | テーブル | HTML 4.01 T | なし | スプラッシュページあり |
| 青森県 | CSS | HTML 4.01 S | あり | W3C準拠アイコンあり |
| 岩手県 | テーブル | HTML 4.01 T | なし | - |
| 宮城県 | CSS | HTML 4.01 T | なし | - |
| 秋田県 | テーブル | なし | - | - |
| 山形県 | テーブル | なし | - | - |
| 福島県 | テーブル | HTML 4.01 T | なし | - |
| 茨城県 | テーブル | HTML 4.01 T | なし | - |
| 栃木県 | テーブル | なし | - | - |
| 群馬県 | テーブル | HTML 4.01 T | なし | - |
| 埼玉県 | CSS | HTML 4.01 T | あり | - |
| 千葉県 | テーブル | HTML 4.0 T | なし | - |
| 東京都 | テーブル | HTML 4.01 T | なし | - |
| 神奈川県 | CSS | XHTML 1.0 T | あり | - |
| 新潟県 | テーブル | HTML 4.01 T | なし | - |
| 富山県 | CSS | HTML 4.01 T | なし | - |
| 石川県 | テーブル | HTML 4.01 T | なし | - |
| 福井県 | CSS | XHTML 1.0 S | あり | W3C準拠アイコンあり |
| 山梨県 | CSS | XHTML 1.1 | あり | - |
| 長野県 | テーブル | なし | - | - |
| 岐阜県 | テーブル | なし | - | - |
| 静岡県 | テーブル | HTML 4.01 T | なし | - |
| 愛知県 | テーブル | HTML 4.01 T | あり | Flash使用 |
| 三重県 | テーブル | HTML 4.01 T | なし | - |
| 滋賀県 | テーブル | HTML 4.01 T | なし | - |
| 京都府 | CSS | XHTML 1.0 S | あり | - |
| 大阪府 | テーブル | HTML 4.01 T | なし | - |
| 兵庫県 | テーブル | HTML 4.01 T | あり | - |
| 奈良県 | テーブル | HTML 4.01 T | なし | - |
| 和歌山県 | テーブル | HTML 4.01 T | なし | - |
| 鳥取県 | CSS | HTML 4.01 T | あり | - |
| 島根県 | CSS | XHTML 1.0 S | あり | W3C準拠アイコンあり |
| 岡山県 | テーブル | HTML 4.01 T | なし | - |
| 広島県 | テーブル | HTML 4.01 T | なし | - |
| 山口県 | テーブル | HTML 4.01 T | あり | W3C準拠アイコンあり |
| 徳島県 | テーブル | なし | - | - |
| 香川県 | CSS | XHTML 1.0 T | あり | - |
| 愛媛県 | テーブル | HTML 4.0 T | なし | - |
| 高知県 | テーブル | XHTML 1.0 T | あり | - |
| 福岡県 | テーブル | なし | - | - |
| 佐賀県 | テーブル | HTML 4.01 T | なし | フレーム使用 |
| 長崎県 | テーブル | HTML 4.01 T | なし | - |
| 熊本県 | テーブル | HTML 4.0 T | なし | - |
| 大分県 | テーブル | なし | - | - |
| 宮崎県 | CSS | XHTML 1.0 T | あり | - |
| 鹿児島県 | CSS | HTML 4.01 T | なし | W3C準拠アイコンあり |
| 沖縄県 | テーブル | HTML 4.01 T | なし | - |
まとめ
- CSSレイアウト採用率 - 27.7% (13/47都道府県)
- 約3割がCSSレイアウトを採用しており、もはや「一部の都道府県が」というレベルではない。9月1日発表の自治体サイトWebアクセシビリティ調査 2005の調査結果を見ても、CSSレイアウトを導入している都道府県はおおむねアクセシビリティが高い。アクセシビリティ施策の一環としてCSSレイアウトを採用しているところが多いと考えられる。
- XHTML採用率 - 17.0% (8/47都道府県)
- 予想以上に高い。さらに1.0 Strictや1.1といったより厳格な文書型を採用している都道府県もある。
関連記事
- 中央省庁の脱テーブル状況 (2005-08-26)
- ポータルの脱テーブル状況 (2005-02-05)
2005-09-22T15:38+09:00 | Webトレンド | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (5)
もんとにフォー!
On Off and Beyondの渡辺千賀さんが紹介していた『言いまつがい』(糸井重里監修、新潮文庫、2005年4月)を読んで爆笑してしまった。特に気に入ったのは次の言いまつがい。
怒りの逆転現象
私、すごく怒ってたんです。それでたまたま姉がいたので怒りをぶちまけようとしたんです。「お姉ちゃん! 聞いてよ! もんとにほー!!!!」……次の瞬間ぶちまけようと思っていた怒りはふっとび、大爆笑になりました。「ほんとに、もー!!」って言いたかったんです。(ちゃあ)[p.27]
レイザーラモンHGもビックリ。もんとにフォー!
2005-09-17T20:42+09:00 | 身辺雑記 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
『Web標準の教科書』増刷
先日、秀和システムのIさんとパワーランチしたところ、『Web標準の教科書』が増刷されるとのこと。一重にご購入いただいた皆さまのおかげです。ありがとうございます。
2005-09-17T20:33+09:00 | 書き仕事 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
マニフェスト占い
豊島区と新宿区の境に住んでいるおかげで、衆院選は東京10区と1区両方の様子が垣間見られて面白い。小林興起(10区)のポスターの「私は負けません」というフレーズに「結局、自分のことばかりだな」と憤ったり、又吉イエス(1区)のポスターに「またか」と脱力したり。
マンション前の道路は普通車1台がやっと通れるぐらいの幅しかないが、一昨日の夜19時過ぎに小池百合子(10区)の選挙カーがやってきて、ベランダに出たら真紅のジャケットを着た氏に手を振られてしまった。手こそ振り返さなかったが、心のなかで「元祖くノ一、ファイト」と不覚にもエール送ってしまった。
さらに数日前、日頃よく利用しているスーパーの前で選挙運動をしていた海江田万里(1区)と握手してしまった。「10区の住民なんですけど」と言おうとしたが(そして心の中で「バブル時代は財テクだ何だとよくも民衆を煽ってくれたな」と思ったが)、笑顔の万里に押し切られてガッチリ握手。握力強し。痛いって。
そんなこんなで、どの候補者に、また比例区はどの党に投票するか決めかねているところ、「マニフェスト占い」というサイトを見つけた。政策ベースで自分の考えがどの党にマッチするかを大づかみに知ることができるので、皆さんも試してみては。
- マニフェスト占い
- http://mani-uranai.com/
2005-09-08T01:03+09:00 | 注目サイト/ソフト | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
すべては遺伝子なのか
そもそも物事の咀嚼に長い時間を要する人間であり、それこそ牛の反芻のような内的プロセスを何度も経た上でないと自分の意見を文章としてアウトプットできない。非効率と言われればそのとおりで、実際そうなのだから仕方がない。
長らく反芻していた物事に「遺伝子」がある。リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』(The Selfish Gene)の要旨は「個体は遺伝子の運搬手段にすぎない」ということであり、この説を噛み砕いて説明したのが竹内久美子氏の『そんなバカな!―遺伝子と神について─』である。7年ぐらい前に読んだときは確かに衝撃的だったが、一方で短絡さを感じたことがこの反芻の発端となっている。
遺伝子とは、どうやら「情報」のようである。情報は結局「A」「T」「G」「C」という4種の塩基の順列・組み合わせである。「何だかよくわからない」あるいは「何だそれだけのことか」と思うのが大方の人の正直な意見だろう。
人間とチンパンジーの遺伝子は99%一致するという。しかし、作り上げた世界にはあまりにも大きな違いがある。ATGCの配列はほぼ同じなのに、これだけ異なる世界に生きるのはいかなる理由からなのか、皆目見当がつかない。つまり、「すべてが遺伝子のなせるワザだ」と言ったところで、むしろその遺伝子研究が進めば進むほど、説明できない事象がそこここに見受けられてしまうのである。
また、知識や経験による行動の変化をどう説明するのだろうか。これらの影響で遺伝子の配列が変わるわけではない。しかし、私たちは常に知識や経験によって変化している。遺伝子論の側からは「1,000年とか10,000年とかの長いスパンで見れば何も変わっていないんだよ」と反論されるかもしれない。しかし、伝説上の鶴亀でもあるまい、そのような長い期間生きた人間をついぞ知らないし、あるいはその論拠を歴史に求めるとしても、やはり人間とチンパンジーの作り上げた世界の違いを遺伝子だけでは説明できないのではないか。
養老孟司氏によれば、その違いは「脳」が生み出したものである。『あなたの脳にはクセがある─「都市主義」の限界─』では、少なからぬ部分が遺伝子論に対する疑問と反論に割かれている。たとえば次のようにだ。
その脳を決定しているのは遺伝子である。そういう反論が予想されるが、アリの場合にはそれを認めてもよい。しかしアリといえども学習をする。ミツバチであれば、さまざまな学習をすることも、年齢によって行動が違うことも、すでにわかっている。そうした変化は脳の変化であって、遺伝子の変化ではない。ヒトを考えれば、遺伝子と脳の乖離が昆虫の場合よりはるかに大きくなっていることは、もはや一目瞭然であろう。(p.198)
前々から思っていることに、「人間は環境適応性が極めて高いとはいえ、たとえば2,000年前に生まれた赤ん坊を現代に連れてきたら、きちんと適応して生きられるのだろうか」というのがある。
たぶん大丈夫だろうと思う。江戸時代に生まれた赤ん坊であればなおさら大丈夫だろう。願わくは父母を「父上、母上」と呼んで欲しいが、決してそんなことにはならない。年頃になれば携帯電話だって使いこなすし、渋谷や原宿にだって行く。ある日、「実はお前は江戸時代に生まれたんだ。お武家さんの次女だったんだ」と深刻な顔で打ち明けたところで全く相手にされないだろう。「パパ、そんなことより新しい携帯が欲しいんだけど」。
確かに遺伝子さえ同一であれば、脳は(その生命が原初的な段階にあれば)いくらでも環境に適応しそうである。そんなことを考えていると、ほとんどすべての議論がそうであるように、結局は共通点を強調するか相違点を強調するかの違いにすぎないように思えて、そろそろ食事にしようかとなってしまう。
2005-09-06T23:15+09:00 | 身辺雑記 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)