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『Web標準の教科書』

[本の表紙: Web標準の教科書]ご報告が遅くなりましたが、『Web標準の教科書─XHTMLとCSSで作る“正しい”Webサイト』を7月上旬に上梓しました。

前著に引き続き、編集の労をとっていただいた秀和システムのIさん、ありがとうございました。608ページで2,400円+税というお求めやすい価格を設定していただけたこと、重ねてお礼申し上げます。

本書はCYBER@GARDENのリニューアルと密接に関連しています(リニューアルについては近日中に詳しく説明します)。CYBER@GARDENをより厳格な(必ずしも「strict」という意味だけではない)Web標準ベースにリビルドすべく作業をはじめたのが2004年9月上旬。Iさんと本書の企画打ち合わせをはじめたのもちょうどその頃と記憶しています。

発売は2005年2月から3月を目処にしていたのですが、一重に私の遅筆のせいで大きくずれ込んでしまいました。ボリュームも予想を大幅に超えました。初稿の段階では700ページに迫る量を、削りに削って608ページにしたという著者と編集者の苦悩がありました。

また、当初は『実践Web標準テキストブック』という書名を考えていましたが、Iさんの提案で『Web標準の教科書』というソリッドでトラッドな書名に決まりました。それによって、より高い水準が求められたことになりましたし、結果としてオーバーボリュームにつながっていくことになります。

後日談はほどほどに、内容について。世阿弥の『風姿花伝』に「守破離」という言葉があります。本書では主に、(X)HTMLCSSの「守」の大部分と「破」の一部を示すことができたと思います。今後、「破」の残りの部分と「離」を、その必要性も含めて皆さんと一緒に考えていきたいと思っています。

本書ではWeb標準を全面的に肯定しているのではなく、その限界や問題点にも触れています。当たり前に過ぎることですが、完璧な理論やテクノロジーというものはこの世に存在しません。ポパーの言うところの反証可能性(falsifiability)、仮説と検証の繰り返しで前進を図るのはWeb標準も同じです。

個人的には、Web標準はまだまだベストプラクティスではなくベタープラクティスに過ぎないと思っています。(X)HTMLCSSに限ってもさまざまな問題が山積しており、ベストプラクティスと言い切れるかどうかは、たとえその時代の限定詞として用いるにしても、大いに疑問があるからです。

ビジネスでは当然のように求められる「何がアーリーアダプタに終わり、何がマジョリティに成長するか」の読み違えに対する懸念もありますが、本質的にはHTMLの時代に右往左往させられた(ブラウザベンダーの独自拡張も含めて)という苦い経験が、この思いに深く根ざしています。

当時のWeb制作者の大部分が同様に困惑していたと思いますし(私は趣味と言うのも憚られるぐらい、時間的にも精神的にも極めて限定的なコミットメントでした)、それらの経験が全く役に立たないわけではありませんが、あの時の自分を思い出しても、「自由の不自由さ」(freedom has no freedom)を感じながらの作業の連続でした。もちろん何かに束縛されたかったわけではなく、「ボキャブラリの無駄な重複を避けたほうがもっとシンプルで効率的になるのに」との思いが強かったのです。

その点、現在はWeb標準の浸透によって、通常のWeb制作ではボキャブラリの重複に腐心せずに済むようになって(あるいは別のフレームワークを利用できるようになって)きています。一方で、身近なところではRSSにボキャブラリの混乱が見られますが、単なるパワーゲームに過ぎないという印象ですし、そもそもRSS(特に2.0)が全く洗練されていないものであっても結果的にデファクトスタンダード化なりインフラ化されてしまえば、バージョンアップによって束の間の持続的発展を図ることは可能です。

また、背後にはAtomが虎視眈々と控えていますが、ボキャブラリの分断というほどのインパクトはありません(ところで、Dublin Coreは不要になるかもしれません。個人的にはDublin Coreのボキャブラリは全く好きではありません。近い将来にその役割を終えるのではないかとすら思っています)。

今後はメタデータが極めて重要になるのは明白です。メタデータは「data about data」、簡単に言えば「そもそも論」に関する取り決めです。「そもそも論」を構造主義的に分解していけば、セマンティックWebのレイヤーケーキが一定の整合性を備えていることがわかります(信用[trust]がなければ話にならない、という)。ただ、セマンテックWebも変容を迫られる局面がこれまでもありましたし、今後もあると思います。別のフレームワークが提示されるかもしれません。

脱線しました。本書では(X)HTMLCSS、その周辺領域の「現在」と「近い未来」を切り取ることができたと思います。「過去」の積み重ねが「現在」であり、「現在」の積み重ねが「未来」であるということに変わりはありませんから、内容が急速に陳腐化することはないと思います。

私が強く望むことは、皆さんと一緒に「現在」を検証していく作業を続けていきたい、その作業のなかに「未来」に含まれるであろう要素をより多く取り込むことで、「現在」に生きながら結果的に「未来」の仮説と検証を先に済ませることができれば、いうことなのです。

Posted on 2005-07-31T01:30+09:00 | Category: 書き仕事

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