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記憶とブログ

[写真: 早稲田「メーヤウ」のインド風チキンカレー]人間の記憶はうつろいやすいもの。私など、昨晩食べたものすら思い出せない。

Webというメディアが発達する以前は、書き手にも読み手にも時間的な余裕があった。書き手はいくら締め切りが厳しくても、その後の編集プロセスの間に自分を振り返ることができた。読み手は投書を清書し、ポストに投函するまでに我に返り、棘(とげ)のある言葉をマイルドな表現に書き換えることができた。

だが今は、即時に情報が発信でき、即時にリアクションが寄せられる。これを「便利」といい、他方で「忙(せわ)しない」という。この傾向はブログが流行し出してから、わりとソリッドな文章にも当てはまるようになった。

私は文章は時間を当ててじっくり書くタイプだし、そもそも義務感で無意味なことを書くぐらいなら書かないほうがよいと思ってしまうが、そうして四の五の考えているうちに、昨日、一昨日、一昨々日と記憶がうつろになり、何も思いつかないばかりか、記憶自体が水に濡れた紙のようにあやふやになっていく。

そのためにも、ブログを備忘録代わりに使うのは有効な方法だろう。でも、「備忘録なら他人に披瀝する(他人が閲覧できる状態にしておく)必要はない。テキストエディタで十分だ」と思う自分がもう一方にいる。

そういう心の呻吟の過程をあからさまにするという特徴をブログは備えているわけで、ブログが「本音のメディア」として一定の評価を受けている理由にも、長らく続くディスクロージャーという時代のストリームにもつながる。

実は私も、あるテーマについてブログを毎日書き続けて2ヶ月半になる。ブログサービスの機能調査のために書いていたつもりが、いつのまにか習慣化してしまったようだ。

ほかの誰かに披瀝すると考えただけで、文章は公共性を帯びる。自分の記憶云々よりも、この「誰かに見せるために文章を書く」というのが、実は文章の上達にクリティカルに関わるものだと思っている。

Posted on 2004-07-23T01:45+09:00 | Category: ブログトレンド

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