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論理性と創造性 1

[写真: grapefruit]今まで、「論理性」と「創造性」はトレードオフ(相殺関係)だと思っていた。でもそれは間違いだと気づいた。

論理性もかなりのレベルに達すれば、多分に創造性を帯びる。たとえばWebの論理であるHTMLCSSの習得レベルが高いことは、すなわち創造的なコンテンツを生み出す力、表現する力となるのだ。

それに、これは私の経験則でしかないが、すばらしいコンテンツを公開しているサイトほど、HTMLCSSの習得レベルが高い。完全にイコールではないが、相関関係は強い。

実生活で考えても、論理性の高い人ほど、人の気づかないことに気づく、人が上手く言葉で表現できないことを表現できる、自分が納得できないことを突き詰めて考える。これこそまさに創造力の源であり、あるいは人に創造的な印象を与える源だ。

論理性にとって重要なのは、数学的な思考だと思う。小室直樹氏の『数学嫌いな人のための数学─数学原論』(東洋経済新報社、2001年)で数百ページにわたって書かれている内容も、この一言に集約される。数学はもともと論理学から分化したものだから、当然といえば当然だ。

ただ、よく「ロジックとレトリック」と言われるように、論理性と、創造性にとって不可欠な「エンターテインメント性」はトレードオフする場合がある。たとえば同じ意味の言葉を、ある人がいうのと別の人がいうのとでは全く違う印象になる。その人の人柄や表情、イントネーションのせいもあるが、レトリックを上手く利かした表現かどうかということも大きく関係している。

ロジックは元来、非情なものだから、それを上手くオブラートに包んだり、洒落を利かせたり、比喩で表現したりと、レトリックを織り交ぜなければ、その言葉は人の心に届かない。「北風と太陽」のどちらか一方だけではダメで、時に北風、時に太陽であっても、通常は二つをバランスよくミックスしたかたちで表現しなければならない。

ロジックを追及していくと、レトリックなど無用の長物だと考えてしまいがちだし、それゆえ論理的な人からは冷たくて融通の利かない印象を受けるのだが、自分の頭の中でなく他人に何かを表現するときは、なるべくその人の心に訴えかけるように、レトリックで脚色する必要があるだろう。

よくいわれるように、レトリックには文学的な素養が必要だ。かといって、闇雲に読書をすればよいわけではなく、自分の気に入った表現を実際に自分の言葉として使ってみなければ、ある「壁」は破れない。「読み上手の書き下手」という名の壁だ。

(以下、次回に続く)

Posted on 2003-07-12T09:42+09:00 | Category: 身辺雑記

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